昨秋からとりかかっていた楽器を漸く仕上げることができました。
今回は譲り受けた材で製作したので、材木と向き合うのにより時間がかかった気がします。かつての名匠たちは一本の銘木から切り出した材で常に楽器を作った、などという話もありますが、性質を知り尽くした慣れ親しんだ材を使うということには大きな意味があると実感した一方で、与えられた材をいかにうまく料理するか、というよいチャレンジの機会でした。
結果は上々。
材の持つポテンシャルをいい形で引き出せたのではないかと手応えを感じています。
 
師Saviniも常に「どうやって作るかは、材木に聞け」と言っていました。
自然の産物である以上まったく同じものはあり得ない材木。その性質によって板の厚さや曲線は変えていかなくてはならない。それが材木と対話することだ。という教え。
この仕事をしていて底の知れない面白さを感じる部分でもあります
 
今回思い立ってはじめてストロボを使って楽器を撮影してみました
Worksのコンテンツとして掲載しています。試奏のご希望も受け付けていますのでご希望の方はご連絡ください。

  

新型コロナウィルス感染拡大が未曾有の規模で続く中、淡々と製作。
異常事態だからこそ日常生活でも、仕事でも自分のできることをただ積み重ねるということにシンプルに向き合えている気がする。
無造作に溢れる大量の情報に足元を掬われがちなこの時代、「いいモノ」を見極めていくために自分の目指したいところ、立ち位置を見失わないぞと再確認する日々です。

  

仕事場を整理していて懐かしいメモ書きを発掘。
2002年〜2005年ごろまでの師匠Giampaolo Saviniのことばの数々。
師匠の言うことを片っ端からメモしては自宅に帰ってから整理して大判のノートに清書していた。
そのノートは何度も読み直してボロボロになっていますが、肌身離さず持ち歩くのを見てSaviniはそのノートはお前の聖書みたいなものだな、と言っていたけどまさにその通り。未だにそこから製作のヒントが得られることがある。

SaviniもPoggiの工房に通っているころ同じようなことをやっていて、セロテープやゴムバンドで束にしないとバラバラになってしまうくらいボロボロになったノートが何冊もあった。夕方になると「シュウタロウ、今日はもう作業は終わりにしよう。グラスとワインを持ってこい」とローマ郊外のアパートの5階のテラスで、テヴェレ川に映える夕焼けを眺めつつそのボロボロのノートを開いてPoggiのことばや教えを肴にグラスを傾けつつ語らったのが懐かしい。

  

この仕事は作業的には常に同じことの繰り返し。

それが単純な繰り返しになるか違うレベルに到達するための行程にできるかが職人としての質を分けるポイントになると思う。常に上を目指す意識は持ち続けたい。

製作途中の表板。板の感触がちょっと気になって、別の材でも作りはじめて比較しながら削っているところ。楽器の寿命は長いので数週間の遠回りでよくなるならまわり道は積極的にしろ、というマエストロSaviniのことばが未だによく響く。

本年もよろしくお願いいたします。

  

41センチのヴィオラに着手したところで仕事納め。
このところヴィオラは少し小さめのモデルのオーダーが続いていたので、久しぶりにマエストロSaviniから譲り受けたPoggiのモデルで作ってみることにして、気持ちも上がっています。
新たな年も挑戦の気持ちを持ちつつやっていきたいと思います。